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境内のご案内

●本堂
元々は現在葛木神社がある所に存在し、五堂七宇の殿堂輪煥の美を誇っていましたが明治維新の「廃仏棄釈」の世相に煽られ神仏分離の制が布かれ、廃寺のやむなきに至りました。昭和25年役行者様1250年忌に再興事業が始まり、現在の場所に昭和36年落慶されました。
●鎮宅
本堂再興の折、ご尽力下さりました山伏先達様が、大阪高津報恩院様の鎮宅さんより、御魂をお分け頂き、明治維新の「廃仏棄釈」の様な悲しい出来事が二度と繰返えさない様にと建立されました。
●岩屋文殊
御廟所より約南方300m、新道西脇にあり、約1,050年前から奉杞された智慧の守本尊文殊菩薩は、智将大楠公も信仰せられて知略を授かったといわれ、この岩屋で役行者も修行されたと伝えられています。
●出迎え不動
葛城廿八宿巡拜修行されている山伏達を始めとし、当山へ参拝されるすべての人々を出迎えし、また、経塚巡拜修行の奉告護摩を厳修させて頂く為に開眼されました。今では葛城回峰行の基点となっています。

●ひさご池
天正13年(1585年)豊臣太閤秀吉が増田長盛、片桐旦元を従えて当山に参詣の際掘った池でその形は公の馬印千成ひょうたんを形どってあり中の島は亀を表現して弁財天をお祀りしています。
●十三重の塔
当山有縁無縁の萬霊を回向供養するために建立されました。十三佛とは、人が亡くなり天上界へ辿り着くまでの世界『中有(中陰)』を司る七佛と浄土天上界にて三十三回忌を迎えるまでの六佛をいいます。